さみしいとき、疲れたときに心の栄養になる、そんな話をお届けします。

カブトムシは「テルヒコ」 愛知県 河合亜希子(33)

この夏、息子にせがまれて昆虫採集に行った。始めての経験で、目的のカブトムシがいる木すら見当もつかず困り果てていたら、数人の少年、少女と出くわした。茶髪に、タバコ、ルーズなファッション。見た目はやんちゃな彼らだが、私と8歳、3歳の息子の困り果てた様子を見て、快く虫捕りのメンバーに加わってくれた。
セミの幼虫が土から出て木を登っていく姿。今、まさに脱皮する瞬間。脱皮したばかりの白いセミ。昆虫たちの樹液レストラン。息子たちは目を輝かせて命の尊さを見、聞き、感じているようだった。
危険な遊びをしている人には「子どもがいるから」と注意をしに行き、真剣に守ってくれた。「喉が渇い た」と言う息子に、笑顔でペットボトルを差し出す。横着でわがまま盛りの息子たちに常に優しく接してくれた。
彼らが捕ってくれたカブトムシ「テルヒコ」は息子の宝物だ。カブトムシにしてはおかしなその名前は、それを捕ってくれた少年の名なのだ。
命の神秘や尊さ。勇気ある行動で弱い者を守る強さ。素敵な夏の思い出。そして、親切や優しさという何よりも大切なものの温かさ。私たちは、子どもにそれらを言葉で教えようとしがちであるが、彼らは温かいふれあいの中で息子たちにそれを教えてくれた。
一般的な言い方をすれば、彼らは世間で「良い子」と言われる類には入らないのかもしれない。けれど、彼らの優しさは本物だと私は思うし、心から感謝している。

(河出書房新社刊『胸が熱くなるいい話』より)

先生の暑中見舞い 埼玉県 田中愛子(49)

あせらなくてもいいけど、
がんばらなくてもいいけど、
あきらめないでほしい。
私が病気で落ち込んでいたとき、主治医の先生から届いた暑中見舞いに、この言葉が書いてありました。先生のさりげない、なにげない優しいお便りが、私には大きな救いです。
今、私は病気を受け入れて、一歩一歩は苦しいけど、あきらめないで前を見て歩いています。西川先生、ありがとう。感謝しています、

(河出書房新社刊『胸が熱くなるいい話』より)

私のお母さん 東京都 中島美奈(18)

夏のとても暑い日に、私、姉、母の女三人でデパートへ行った。休日ということもあって駐車場は満車で、 店からいちばん離れたところにクルマを止める。
買い物を済ませると、母は、最後に父のお土産を買うためにケーキ屋さんに寄ると言った。ケーキ屋さんでは、「研修中」のバッジを胸につけた学生らしき女の子が、私たちの接客をしてくれた。
ケーキも買い終わり、そろそろ帰ろうかと、私たちは駐車場に向かった。クルマまでは長い道のりに思えたが、ひたすら歩いた。やっとクルマまでたどりついたとき、母は両手いっぱいの荷物を降ろすと、なにやら財布からレシートを取り出した。
「さっきのケーキ屋の子、おつり、多くわたしてる」
そう言って、母は暑い中、必死に走って、店へ逆戻りして行った。
何十円かのおつりの間違いで、またあの道のりを走って行く母の姿にびっくりした。
汗をかきながら母が戻ってきたので、私と姉は、
「わざわざ何十円かのおつりの間違いで、こんな暑い中、走って、ふつう戻って行く?」
そう尋ねると、母は、
「もし、あの子が自分の子供で、十円であっても間違って、バイト先の人に叱られたら嫌やん」
そう笑って、なにもなかったかのように、家へとクルマを走らせた。
私は、母が子供の前で行なった親切が、うれしくもあり、お母さんが私のお母さんであってくれることを改めて感謝している。

(河出書房新社刊『胸が熱くなるいい話』より)

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