60周年特別インタビュー 第1回:寺島実郎(多摩大学学長) ”今後の生き方”と運動の役割 

親切運動は来年、発足より60周年を迎えます。これを記念して各界の著名人にインタビューを行い、今後の運動展開についてアドバイスをいただきます。

第1回目は、評論家としてもご活躍の寺島実郎氏。寺島氏が学長をつとめる多摩大学は、「ジェロントロジー(高齢化社会工学)」の一環として、大都市郊外の高齢化問題を解決する様々な取り組みをされており、昨年「小さな親切」実行章を受章しました。

同大学の梅澤佳子教授のゼミでは、学生と地域住民が協働して、高齢者の方との交流の場「駅前サロン」を定期的に開催。また、寺島学長自ら、「リレー講座」を開講し、学びの場を提供するなど、高齢者を含めた地域の方々が社会に参画しつつ、心豊かに生きていくための様々な活動をなさっています。

この講座を当法人の小林和明副代表が受講しているご縁もあり、今回のインタビューが実現。今回は、寺島氏から見た「小さな親切」運動の真価を、さまざまな角度から語っていただきました。

※この記事は、情報誌『小さな親切』春号(№526)に掲載したインタビューに、誌面では紹介できなかったお話を加筆したものです。

インタビューは寺島氏が代表理事をつとめる「寺島文庫」で行いました

人間が人間たる所以は「共感力」

 

今、私が会長をつとめている、(一財)日本総合研究所の初代理事長が茅誠司さんだったこともあり、「小さな親切」運動は昔から知っていました。1963(昭和38)年の運動発足当時、私は高校生になる頃でしたが、東京大学卒業式での茅総長の言葉は、今も耳に残っています。東大の卒業生に対して、子どもに語りかけるように“「小さな親切」をしよう”というメッセージを送ったことに驚きを感じたのです。

しかし、茅総長がすべてを見抜かれていたことが、今ではよくわかります。1963年というと、安保闘争が一段落して、岸信介から自民党宏池会の池田勇人に首相の座が移った頃です。岸さんは安倍晋三元首相のおじいさんで、宏池会は現在自民党の岸田派になっているわけです。池田さんも岸田さんも広島県出身。そして日本は、東京五輪を1964年と2021年に開催しています。現在の状況とよく似ています。

当時、茅総長なりの直感で、今後経済主義だけでは日本の未来は明るくない、と気づかれたのでしょう。周りにいる人たちへの心配り、それが等身大の人間には大切で、人間社会を生きていくための基本であるということを、「小さな親切」という極めて簡潔な言葉で伝えたのです。

私が、この運動に取り組む皆さんに声を大にして申し上げたいのは、人間の人間たる所以は「共感力」だということです。周囲の人が喜んだり、悲しんだりしているときに、同じ感情を共有できる能力です。「小さな親切」運動はまさに、その「共感力」を育む取り組みなのです。

 

動物にもAIにもない人間の特性とは

 

先日、京都大学前総長の山極壽一(やまぎわじゅいち)先生とご一緒する機会がありました。先生は日本を代表する人類学者ですが、人間は確かに進化をしてきたけれど、動物に劣っている面もたくさんあるという話をされていました。

チンパンジーは、人間よりはるかに早く正確に画像を認識するそうです。人間より速く走れる動物もたくさんいます。それでも、人間には大きな強みがあります。それは巧みに社会を形成し、次世代を教育することです。子育てをする動物はいますが、親以外の存在、例えば祖父母や周りの大人が子どもの育成に関わるというのは、人間だけの特性です。

そして、人間はAI(人工知能)とも比較されます。確かに認識力、目的に対して手段を選択していく能力についていえば、人間はAIにかないません。囲碁でも将棋でも、ディープラーニングが進んだ現在では、AIははるかに優秀なことは皆さんもご存知でしょう。ところが、いかにAIが一億手先、十億手先を即座に読んだとしても、まねのできない芸当が人間にはあるのです。

それは「美意識」。人間は目的手段の合理性のみで動くのではありません。自分の得にはならなくても、自分の「美意識」に従って行動することがあるでしょう。友情であったり、愛情であったり、思いやりであったり。おぼれた人を見れば、後先考えずに水に飛び込んでいることもありますね。動物にもAIにもないこれらの特性が、社会を創る原動力になっているのです。

 

 

没落した日本を復活させる次の一手

 

以前、私が海外に行くと「日本はすごいね」とよく言われました。それは戦後復興からの経済の隆盛と、それを支えた技術に対する賛辞でした。1994年には、日本は世界のGDP(国内総生産)の17.9%を占めるまでになりました。それが、昨年はわずか5.7%です。そこへ新型コロナウイルスが襲いかかり、ワクチンも自前で作れないという状況です。国産ジェット機開発も凍結になり、日本の技術力も地に堕ちた感があります。

大げさではなく、第3の敗戦に近い状態で、国の基盤となるのは「人的資源」しかないと考えます。私が教育に重きを置くのもそのためです。この先の日本を支える人間をどうやって育てていくか。近道として、2つあげます。

一つ目は、今の自分や日本の立ち位置を知ることです。そのためには海外に出て、学んでほしいのです。幕末期には、例えば東北地方から長崎まで「世界を知ってやろう」という若者たちがたくさんいたわけです。万延元年には使節団が米国に赴き、勝海舟や福沢諭吉など多くの若者が「少しでも早く欧米に追い付く」という使命感を持って視察を行いました。そうした熱意が明治維新を支えたのです。

それから戦後は、ダイエーの中内功さんや、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊さん、近年はニトリの似鳥昭雄さん、ユニクロの柳井正さん、そういう人たちが実際に自分の目で欧米を見て、ショックを受けて、向こうのものを持ち帰っただけでなく、工夫をして付加価値をつけて、欧米を相手にビジネスの世界で戦いました。

特にこれからは、アジアです。アジアの熱気、アジアダイナミズムを肌で感じてほしいと思います。それによって見えてくる道が必ずあります。

二つ目は、会社人間、大企業病からの脱却です。会社を辞めて20年経っても「私は(株)○○○で営業部長でした」じゃ寂しいではないですか。今は、入社3年で会社を辞める人が3割いるそうですが、大いにけっこうだと思います。その3年間は無駄ではありません。知識を得て、自分の適性を知り、問題意識も芽生えているでしょう。確実に賢くなっているのです。会社という小さな組織にいればいるほど、どんどん井の中の蛙になってしまい、世界の動きから遠ざかってしまいます。第一、ミスマッチと知りながら、組織に残るのでは、組織に貢献することすらできませんからね。

 

「ファンダメンタルズ」へのシフト

 

戦後の日本は、松下幸之助さんが提唱した、“PHP(Peace and Happiness through Prosperity=繁栄によって平和と幸福を)”という思想で進んできました。工業生産力モデルとして、基幹産業である自動車・エレクトロニクス・鉄鋼の分野を伸ばしてきました。確かにそれは効果を発揮しましたが、今はどれも20年前よりも20%程度落ち込んでいる状況です。

つまり、「繁栄」だけでは進めない時代になったのです。これに対して「イノベーション」(技術革新)が必要だと声をあげる人たちがいます。もちろん大切な視点ですが、先ほども述べましたが、現状では新型コロナウイルスのワクチンさえ自前で作れず、鳴り物入りで力を入れていたMRJ(国産ジェット旅客機)の開発も頓挫する状況です。

そこで私は、「ファンダメンタルズ(原点回帰の産業基盤強化)」にシフトすべきではないかと考えています。基幹産業となるのは食・農、医療・防災、文化・教育です。繁栄ではなく、国民の安全と安定のための産業創生を目指すのです。

ひとつ取り上げるなら、防災。日本は自然災害が非常に多く、防災意識は高いでしょう。それを産業化していくという考え方です。今の日本を見ていますと、コロナ禍でも、子育てでも給付や分配という言葉がよく表れます。それは一時しのぎにはなりますが、長期的な視野に立った施策ではありません。将来にわたって、健全な資本主義を支えることができる価値と産業を生み出すことが大切なのです。

 

寺島氏のお話を聞く小林副代表(左)

親切運動が「心のレジリエンス」を鍛える

 

最後に「心のレジリエンス」について話します。レジリエンスとは、「耐久性・回復力」という意味ですが、今の日本は新型コロナウイルスの影響もあって、多くの人が心にボディブローを受けています。ストレスも多いでしょう。会社だけ、家庭だけ、というように住んでいる世界が狭ければ狭いほど、心の耐久性が無くなっていきます。

「小さな親切」運動は、「心のレジリエンス」の強化にも役立つ、貴重なプラットフォームであると思います。企業や組織に所属し、家族を養うための仕事のほかに、もう一つ生きるための軸があった方が良いのです。

これからは、「一人ひとつのNPO」です。活動内容は地球環境でもいいし、地域の子どもたちのケアでもいい、そこから得る情報や刺激、共感力は、シナジー効果を伴って「心のレジリエンス」を鍛えます。その効果を親切運動に携わる皆さんは、もうお気づきかもしれません。

「小さな親切」運動は、今後の日本を支え、人間の生き方やあり方に奥行きを持たせる活動です。皆さん自身のためにもなるこの運動を、楽しみながら続けていってほしいと願っています。

【プロフィール】

寺島実郎(てらしま・じつろう)

1947年北海道生まれ/早稲田大学大学院政治学研究科卒

多摩大学 学長/一般財団法人日本総合研究所 会長/一般社団法人寺島文庫 代表理事