「小さな親切」運動実践録
離職者0の職場は実現できる

 

株式会社 城南情報サービス 取締役社長 小林和明 さん
(公益社団法人「小さな親切」運動本部理事)

 

今、企業を一番悩ませているのは人材確保でしょう。新卒者が思うように取れないということもさりながら、すぐに退職してしまう若者が多いのが最近の特徴のようです。
20代前半では4人に1人が転職している状況ですから、採用部署は頭が痛い問題です。
今回は、そんな企業の皆さま必見のお話。
「小さな親切」運動を活用すると、離職者0になると聞いたら驚かれるでしょう。
でも本当の話です。城南信用金庫グループの株式会社城南情報サービス、小林和明取締役社長のお話を交えながら、ご紹介いたします。


 

退職理由の上位は、やはり人間関係

若者たちは何が理由でせっかく入社した会社を去ろうというのでしょうか。給与?労働時間?確かにそれもあるでしょう。けれど、少し以前のものになりますが、転職紹介大手リクルートの調査によりますと、退職理由の第1位と第3位が人間関係に関するものでした。6位と7位にも該当する項目があります。

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出典:https://next.rikunabi.com/tenshokuknowhow/archives/4982/

企業に限らず、確かに人間関係づくりはなかなか難しい問題です。でも、逆に考えれば人間関係を円滑にする手法を企業が手に入れたら、その企業の離職率はぐんと低下するのではないでしょうか。
さらに人間関係が良好な会社は実績も伸びるでしょうから、待遇等の条件も改善されていくはずです。
でも、その施策に真剣に取り組んでいる企業は意外と少ないのです。なぜなら、手法を知らないからです。CRMとか、SCMとか難しい経営手法はご存知でも、日本人らしい人間関係づくりの解決策はよくわからないのです。では、さっそくその解決方法を見ていきましょう。

 

習慣やルールでは、人間関係は築けない

株式会社城南情報サービスは、信金業界大手の城南信用金庫の子会社で、主な業務は城南信用金庫への人材派遣サービス、同ホームページ作成、ネットバンキングなどです。小林和明さんが同社の代表取締役になったのは3年前。そこから改革が始まり、この1年間、離職率は0。つまり1人も辞めていません。

――― 企業における人間関係について、どのように考えていますか。

小林和明さん(以下小林)  やはり一番大切なことだと思います。ただ、そんなに特別なことではないですよ。誰だって人に親切にされたり、気遣ったりしてもらえる場所の方が居心地いいでしょう。それが当たり前の会社であれば人間関係は自然とよくなります。
城南信用金庫の経営方針の第一は、『「人を大切にする経営」「思いやりを大切にする経営」の徹底』です。徹底ですからね。そこで当社の経営方針も『「人を大切にして、約束を守ること」「思いやりを大切にして、親切を実践すること」』としています。これをみんなが理解して、いつでも実践できなければならないわけですが、身についてしまいますと、お客様に対しても、同僚に対しても自然とできてしまうんです。

―――― 具体的に言うとどんなことがありますか。

小林       そうですね。まず、「人」を中心に置いた考え方とか見方というのがあります。いろいろな価値観があってよいのですが、企業で長く働いていますと、形式的な習慣や規定に縛られてしまいがちなんですね。そうすると、時に「人」の存在を無視したルールもできてしまう。jijyou
例えば、うちの例で言いますと、忌引休暇の扱いです。人材派遣をしておりますので、スタッフ社員という方々も大勢います。その方々には忌引休暇はありますが、無給なんですね。でも、スタッフ社員と正社員は同等扱いというのが正しいあり方だと思います。いきなりは無理ですが。とりあえず2~3日間だけでも有給にしたいということで、今、検討してもらっています。
また育児や子育てなどの都合や、配偶者控除等の税金のことなど、社員一人ひとり事情が違います。全日では働けない人もいます。その事情をきちんと聞けば、新しい働き方の必要性や方法が見えてくるじゃないですか。
ルールやシステムを機械的にとらえて対応してしまうと、こういう発想はでてこないんですね。これは、間違いです。私たちは生身の人間ですよ。心が通う発想をしなければ誰もついていけなくなります。
次に対外的な話をすると、もうかなり前になりますが、新店舗、城南信用金庫の大田区役所前支店の開設準備委員長として赴任した時のことです。そこで女性社員たちと「人」を意識した営業をしようと話をしました。私も各担当者の営業日報の最後に、毎日「ありがとう」「ご苦労様」の言葉を手書きで記していきました。tegakiそうしたら、窓口の職員が、預金加入のお礼状や季節の挨拶状を手書きで書くようになったのです。当時はIT化のはしりでしたので、効率優先で考えたらプリントでしょう。でも、あえて手書きで書いたのです。相手の方の顔なども思い浮かべながら、ね。当然、気持ちのこもったものになりますよ。中には次回に来店された時、そのはがきを持ってくるお客様もいらっしゃいました。こちらも嬉しくなりますよ。取引の額では計れない仕事への意欲もわいてきます。同じ働くのなら、そういう気持ちになれる職場の方がいいでしょう。
おかげさまで、そこはトップクラスの店舗になりました。私は業績を前面に出しては言いません。「人に親切に、思いやりをもって」としか言わない。でも、結局はそれが数字にもつながっていくのです。今でもあの時のメンバーとはやりとりをしていて、年に1回は会っています。中には九州にいる人もいますが、来年は開店30周年で、みんなで九州に会いに行こうと計画しています。

―――― 同僚という言葉がありますが、今のお話では、僚友と言ったほうがいい感じですね。

小林       そうです。心が通えば自然とそうなりますし、同じいい体験をすることでますます親密になって、気配りもできるようになりますよ。どんどんいい方向に回っていきます。

 

社長になんでも話せる雰囲気づくり

―――― 今までのお話を聞く限り、最初はトップ自らの努力が必要になりますね。

小林       人から見るとそう見えるかもしれませんね。努力というと、ものすごく苦労するみたいなイメージがありますが、こうでありたいとか、こうなってほしいとかそういう気持ちがあると、苦労とは感じないでできるんですね。それに職場を円滑にすることはトップの仕事ではないですか。まずは。私自身がみんなに信頼してもらわないといけません。

―――― 社員に信頼されるコツみたいなことはありますか。

小林       やっぱり人間関係でしょうね。社員がいつでも私に意見や悩みを伝えてくれるような関係を作ることだと思います。例えば、今、研修も兼ねて月に20人くらい集まってもらっていろいろな話をしています。「小さな親切」運動本部が発行している本なども教材にさせていただいていますよ。本当にいい話が多いですからね。omoiyari
あとは、そう、映像や音楽なども使います。先日は「ジャージーボーイズ」という映画のラストシーンを見てもらいました。年配の方ならフォーシーズンズってご存知だと思いますが、当時大人気のアメリカのグループで、彼らを題材にした映画です。ミュージシャンとしては大成功を収めましたが、トラブルもあって、メンバーが減ったり、娘が家出をしたりといろいろ起きるんです。そして25年後がラストシーンなんですが、あ、あまり説明するとネタバレになってしまいますね。とにかく、仕事も大切だけれど、やっぱり大切なのは家庭であり、家族だよね。という教材として使いました。音楽を聴きながら、というのはなかなかいいですよ。同じ気持ちになっているので、話も通じやすいと思います。これこそが働き方改革、ワーク・ライフ・バランスにも通じることだと思います。

―――― 社員の方はなんて言っていましたか。

小林       「社長、自分だけ全部見ていてずるい。DVD貸して」と言われました(笑)。そういうふうな関係ができているので、なんでも言ってくれます。これが大切なんですね。もしも社長との間に垣根があって、何か不満や問題があっても伝えてくれなかったら私が困ります。社員のことを知らないでトップをしていることになる。こんな怖いこと私にはできません。社員たちの意見は会社を大きく変化させるきっかけになるかもしれないし、なによりも会社への不満を解消する機会になるわけですからね。社員の一言で改善できることってかなりありますよ。お客様からの苦情も、大きな財産だと思います。だから、私は駆け込み寺の住職で良いと思っています。

―――― 情報交換がしやすい雰囲気を作るのが社長の役割ということですね。

小林       それが私の仕事だと思っています。そうだ。さきほど映像の話をしましたけれど、今度は食の話。社員たちの職場はさまざまですが、研修などで午前中だけ顔を出す時もあります。私は必ず食事をしてもらっています。
去年は、社員への感謝をこめて全員を招いて懇親会も開きました。shokujiそれぞれがテーブルにつけるようにホテルでフルコースを楽しんでもらいました。「今日は座って、ゆっくり食べられるんですね」って社員は言っていましたよ。一日中、立ったままで接客している人が多いですからね。ミーティングの時もお弁当をみんなで食べながら、雑談形式で話をすることもあります。一緒に食べるのも、人と親しくなるための機会ですね。第一楽しいでしょう。人生は楽しまないといけませんよ。そして、元気でいてくれないとね。

―――― 人を中心に考えるという意味がだいぶ見えてきました。

小林       そうでしょう。少し話は変わりますけれど、今年栃木県で雪崩があって、高校生たちがなくなりましたでしょう。あの時、犠牲者のお父さんが「今、隣にいる人が明日もいるとは限らない。だから皆さんも周りの人との時間を大切にしてほしい」とおっしゃっていましたね。あまりにつらい中での言葉ですから、私も胸を打たれましたけれど、本当にそう思います。朝礼では、そんな話も交えて気持ちや意識も新たにして働いていただいています。

 

青二才支店長の大ピンチ!を救ったこと

―――― 小林さんがこうした価値観をお持ちになったのはいつ頃からですか。

小林       やはり、小学生の時に「小さな親切」運動で実行章をいただいたことになるのではないかと思います。
小学校6年生の時、道徳の授業で「最近何か良いことをした人がいたら、作文を提出してください」とのことでしたので、近所の老人にちょっとしたお手伝いをしたことを書いたのです。翌年、中学生になってから実行章をいただきました。マスコミの取材も受けて、その後は多くの人、特に高齢者の方から、老人を大切にしてくれてありがとうとの感謝の手紙を数多く戴きました。そんな経験が「人を大切に」という価値観を与えてくれたんだろうと思います。
「小さな親切」という考え方が人生に寄与してくれることは間違いないですね。その後の私の50年間が証明しています。私が今あるのも、その後さまざまな人々と親しくしていただき、教えていただいたり、支えていただいたりしたからであって、それも「小さな親切」のおかげだと本当に感謝しています。面白いですね。たったひとつの作文が人生の指針につながってくれたんですから。

―――― その延長で、昨年からは「小さな親切」運動本部の理事にも就いていただきました。

小林       理事と言いましても特に何もできないのですが、今回は現役ビジネスマンとして、お話できる機会があって嬉しく思っています。また4月には、専修大学松戸中学校・高等学校の入学式に伺わせていただきました。入学生全員が「小さな親切」運動の会員となる学校ですが、驚いたのは、入学式にご父兄もたくさんいらっしゃっていました。演壇からその光景を見て私が思ったのは、いつも社員の顔は見ているけれど、その向こう側にはこんな風にたくさんの家族がいるんだな。もっともっとその社員家族のことを思いがんばろう、ということでした。あいさつをしに行ったのですが、逆に叱咤激励されたみたいで、用意していた原稿とは別の話になりました。でも、私の心からの気持ちが出せてよかったと思っています。そこで新入生代表に会員バッジを授与したのですが、その時の写真が大好きで、これからの宝物にしていきます。

―――― 同じ光景を見ても、小林さんのように感じない人も多いでしょうね。

小林       日ごろから「人」を中心として考えているとそうなってきますね。何からでも学べるような感じがします。ニュースでも映画でも、町中で見かけた光景でも。そういう感性が身に付くとあとは勝手に体が動いていきますよ。ゴールデンウィークも毎日宝物探しに都心を歩いていました。

―――― 「小さな親切」と人間関係で思い出すことが他にあれば教えてください。

小林       たくさんあるのですが、そうだな。先に話をした大田区役所前支店に私が赴任をしたとき36歳でした。通常から考えるとものすごく若かった。その時の副支店長が二人とも47歳でした。突然やってきた青二才の下につくことになったわけですから、面白くはないですよね。akushu
でも、女子社員たちの変化や頑張りを見てわかってくれたんです。副支店長の一人が鎌ケ谷の信用金庫の研修所から帰ってきたとき「うちではこんな取り組みをしているって自慢してきましたよ」って言ってくれました。あれは嬉しかったですね。
それから、数年後の送別の時に聞いたことです。
「もしも36歳の若造が来て、私たちを顎でつかうようなことがあったら、尻まくってやろうと話をしていたんですよ。それが、口に出すのは「人には親切に」「思いやりをもって」ですからね。これじゃあ反論しようがないじゃないですか。あの時はまいりました」と話してくれました。大ピンチになりそうなところを「小さな親切」が救ってくれたわけです。
誰も反論できない「小さな親切」の真理だなと思います。そのくらい当たり前の考え方なんです。ところが当たり前すぎて顧みる人が少ない。そうすると、おろそかになってしまって、会社の中もおかしくなってしまうというのが実際のところでしょう。昔と比べて、今はマニュアルなどに頼りがちなので、その傾向に拍車がかかっているように見えます。例えばコンプライアンスですね。これを欧米企業のように形やルールで縛るのではなく、日本の企業なら心の持ち方をわかってもらった方が実際的だと私は思います。

―――― それが退職者の低減、人材確保につながるということですね。

小林       もちろんです。実際にこの1年間、城南情報サービスに退職者はいません。omoiyarishakai
派遣サービスは出入りが激しい業界ですから、他の業界でも効果は間違いなくあるでしょう。
「小さな親切」運動を熱心に取り入れている企業様に話をきいてもそういう結果がでています。何度も繰り返しますが、皆同じ人間ですから。自分がいて気持ちがいい場所は同じです。人材確保でお悩みの企業の経営者や人事部の方には、悩むより「小さな親切」運動を実践しましょうと言いたいですね。

 

 

小林社長が宝物と言ってくださった写真も掲載されている、情報誌「小さな親切」(2017年春号)はこちらからお読みいただけます!harugou